亡くなられた方には、心からお悔やみ申し上げます。
治療中の方々も、一刻も早い回復をお祈りします。
この容疑者というより、”犯人”にも、この後に弁護士が付きます。
多分、「人権弁護士」と言われる方が、担当されるのでしょう。
詳しいことはまだ分かりませんが、「世の中がいやになった。
人を殺すために秋葉原に来た。だれでもよかった」
こんな理由で人を刺す奴に、人権を与えるべきなのでしょうか?
もちろん、人権派の人たちは「YES」というでしょう。
私も、自慢ではないですが「世の中がいやになる」事は
年に数回あります。
けど、人を刺そうとは、思いません。
しかし、私の人権はあまり守られず、苦しいけれど
自分で努力して、解決の方向に持って行きます。
解決せず、心が傷ついても「人権弁護士」は
私の隣には現れません。
世の中のほとんどの人々が、そうだと思います。
「人権弁護士」さんは、言うでしょう。
「あなたは、そうして社会に適応する力を、持っている」
「しかし、そうではない人もいる。だから彼らの人権を
守るのだ」と。
私は、清らかな心を持ち合わせていないので、納得できません。
百歩ゆずって、犯人の人権を認めても、極刑は受け入れるべき
では、ないでしょうか?
もちろん、人権を守られず、不利な立場に追い込まれる方々は
たくさん、いるでしょう。
その方々のために、弁護士さんは、必要です。
あの人の人権は守って、この人の人権は守らない。
確かに、これでは人権という目に見えないものを扱うのは
難しいと思います。
心がくじけた人々の声を、代弁する。
大事な仕事だと、思います。
でも、それでも犯した罪は償うべきだとして欲しいです。
ここで、例外を作ってでも「歯止め」をかけないと、この手の
凶行は続くと、思います。
この後に開始が予定されている「裁判員制度」。
素人が、このような凶行に対して、冷静な判断を
できるとは、思えません。
それでは、何のための制度か、わかりません。
事件が起きた後に、個々の人間を擁護しても、社会を
変えなければ、後からもこのような人々は
現れてくるでしょう。
しかし、社会を変えるというのは、口で言う程簡単では
ありません。
やはり、個々のケースで極刑にして、抑止力を
高めた方が、良いのでは無いでしょうか?
(当然、極刑による抑止力自体が、疑問視されるでしょうが・・・・)
せめて、被害者の人権を守る人々が、同時に出てきてくれる事を
望みます。
ニュースを見ていて、当日に被害者の家族のコメントなど、
聞きたいとは、思ってない事を、マスコミの方々は
いいけげんに学んでください。
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